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大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)151号 判決 1999年6月30日

大阪府東大阪市四条町八番二号

原告

中西賢次

右訴訟代理人弁護士

村松昭夫

杉本吉史

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長 大西宏蔵

右指定代理人

黒田純江

長田義博

出口源太

杉田善紀

豊田周司

主文

一  原告の平成三年分ないし平成五年分の所得税について被告が平成六年一二月七日付でした各更正処分の取消しを求める原告の請求のうち、平成三年分の総所得金額三四〇万円、平成四年分の総所得金額三二〇万円及び平成五年分の総所得金額三四〇万円を超えない部分の取消しを求める部分をいずれも却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の平成三年分ないし平成五年分の所得税について被告が平成六年一二月七日付でした各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告の平成三年分ないし平成五年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について被告がした各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)は、調査手続上の違法及び原告の事業所得金額を過大に認定した違法があるとして、被告に対し、その取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、平成三年ないし平成五年当時、肩書住所地記載の大阪府東大阪市四条町八番二号(以下「自宅」という。)に居住し、同市御幸町一番二号の事業所(以下「事業所」という。)において製図業(地図のトレース)を営んでいたいわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙「課税の経緯」記載のとおりである。

三  被告の本案前の主張

原告は、本件各処分全部の取消しを求めているところ、別紙「課税の経緯」「確定申告」欄記載のとおり、原告は、平成三年分三四〇万円、平成四年分三二〇万円及び平成五年分三四〇万円をそれぞれ各年分の総所得金額として確定申告をしており、本訴においても、右確定申告における総所得金額を超えない部分については、その範囲においては所得のあることを自認するものであるから、この部分についての取消しを求める訴えの利益はなく、不適法なものとして却下されるべきである。

四  本案についての当事者の主張

1  調査手続の適法性

(一) 被告の主張

税務職員が所得税法二三四条一項所定の質問検査権を行使する際の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであり、調査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行う上で法律上の一律の要件とされているものではない。そして、右の理は、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かについても異なるところはない。

本件において、被告の部下職員は、原告に対し、守秘義務に抵触する可能性があるので第三者の立会いが認められないこと、原告が承諾しても被告部下職員に課せられた守秘義務が解除されるものではないことを説明していたものであり、加えて、原告が立会いを求めた第三者は税理士以外の者であり、原告の記帳指導を担当したのは本件係争各年分のうち最終年分である平成五年一〇月頃からにすぎないから、右第三者の立会いを認めなかったことにより格別原告に不利益をもたらすといった事情も認められない。

したがって、被告部下職員の本件各処分に至る税務調査は、権限ある税務職員にゆだねられている合理的選択の範囲内であったことは明らかであり、適法なものである。

(二) 原告の主張

被告の部下職員による税務調査は、<1>社会常識から著しく逸脱したものである上、<2>「税務運営方針」にも反して、原告が再三にわたり注意していたにも関わらず、事前連絡なく何度も原告の事業所に来訪して原告の業務を妨害し、<3>原告の正当な調査期日の設定申入れに対してもこれを拒み、<3>帳簿の作成補助者である東大阪東部民主商工会の事務局員の同席を理由にして調査の継続を拒み、<4>平成六年八月二日の最初の来訪日以後は原告に対して帳簿類の開示を求めたことさえなかったにも関わらず、原告が調査に応じないないものと一方的に認定し、いきなり反面調査を開始したものである。

したがって、被告の本件各処分に至る税務調査には著しい手続上の違法が存し、その結果なされた本件各処分も違法というべきである。

2  推計の必要性

(一) 被告の主張

本件各処分に至る税務調査には、何らの違法も認められず、被告の部下職員が、平成六年八月二日以降繰り返し原告の事業所及び自宅に臨場し、あるいは電話により、調査に協力して帳簿資料等を提示するよう説得に努めたのに対し、調査に関係のない第三者の立会いに固執し、立会いが認められなければ調査には応じないばかりか、帳簿書類等も提示しないとの態度に終始し、原告の事業所得の金額を実額により計算することができなかったのであるから、推計課税せざるを得ない必要があったことは明らかである。

(二) 原告の主張

前記1(一)記載のとおり、原告が税務調査を拒否した事実はないのであるから、推計の必要性がなく、本件各処分は違法である。

3  推計の合理性

(一) 被告の主張

(1) 同業者の抽出基準

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告及び大阪府下、神戸、灘、須磨、兵庫、長田、西宮、芦屋、伊丹、尼崎、明石の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争各年分を通じて、次の<1>ないし<7>のいずれの条件をも満たすすべての者を抽出するよう通達指示した。

<1> 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

<2> 製図業(主として地図のトレース)を営む者であること

<3> 前記<2>以外の業種目を兼業していないこと

<4> 事業所が大阪府下、神戸、灘、須磨、兵庫、長田、西宮、芦屋、伊丹、尼崎及び明石のいずれかの税務署の管内にあること(大阪国税局長は、原告の事業内容と同様の同業者を抽出するに当たり、被告が行った更正処分及び同異議決定の調査時点における同業者が少なかったことから、原告の事業所所在地である東大阪市を含む大阪府下及び主要売上先のある阪神地域をそれぞれ管轄する税務署に通達発遺を行い、通達要件を満たす同業者の抽出を求めた。)

<5> 年間を通じて事業を継続して営んでいること

<6> 売上金額が五〇〇万円以上、二六〇〇万円未満であること(売上金額については、いわゆる倍半基準を採用しているところ、原告の事業内容と同様の同業者が少なかったことから、本件係争各年分を通じた倍半基準を採用し、その範囲内でできる限り多数の同業者を抽出することとした。そして、被告が把握し得た原告の売上金額が、別表1「<1>売上金額」欄記載のとおり、平成三年分が一三〇四万一四三一円、平成四年分が一〇四七万〇二〇三円、平成五年分が一二一九万一五一二円であることから、上限を平成三年分の売上金額の約二倍とし、下限を平成四年分の売上金額の約二分の一としたものである。)

<7> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと

右通達によって抽出された同業者の総数は八件であり、本件係争各年分における各売上金額、算出所得金額及び算出所得率は、別表2―1ないし2―3記載のとおりである。

右抽出基準は、原告の事業内容に基づいて設定したものであり、当該基準により抽出された各同業者は、原告と業種、業態、事業所の所在地及び事業規模等の点において、類似性を有し、しかも、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、その金額等の算出の根拠となった資料はすべて正確なものである。

(2) 同業者の選定件数

抽出された同業者数は本件係争各年分においてそれぞれ八件であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものということができる。

(3) 同業者の抽出過程

右同業者の抽出は、大阪国税局長の通達に基づき、前記各税務署長が無造作かつ機械的に前記抽出条件に該当するすべての者を抽出したものであるから、いずれもその抽出に当たって恣意の介入する余地はない。

(4) 同業者率の内容及び事業所得金額の算出方法

被告は、本件訴訟において、収入金額との相関関係が密接な売上原価及び一般経費を収入金額から差し引いた算出所得金額から平均算出所得率を求め、これを適用して原告の算出所得金額の算定を行い、次に、収入金額との相関関係が希薄であり、事業主の個別的な事情に左右される特別経費(本件においては、建物の減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬及び減価償却資産の除却損を特別経費とした)を実額で差し引いて事業所得を算出する方法を採用している。このように、被告が平均算出所得率を用いる方法を採っているのは、原告の所得金額をより実額に近い金額で認定するためである。

(5) まとめ

以上のとおりであるから、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算定するに当たり、被告が行った推計は合理的なものである。

なお、被告が採用した本件更正処分時及び異議決定時の推計方法、本件訴訟時の推計方法、並びに原告に対する昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法がそれぞれ異なっていることについては、課税処分取消訴訟で処分の実体的違法が争われているときの審判の対象となるのは租税債務の存在の存否いかんであることからすれば、本件訴訟時の推計方法の合理性を問題にすれば足りるというべきであるから、推計の合理性を欠く理由にはならない。

(二) 原告の主張

(1) 抽出基準の不合理性

被告は、同業者の抽出基準に関して、通常の場合と異なって単一の税務署管内だけでなく、大阪府下はもちろん兵庫県の業者をも含めており、さらに同業者の売上金額も五〇〇万円以上、二六〇〇万円未満と極めて広く設定している。また、被告は、同業者を単に「西A」「大淀A」などと表示するだけで、これら同業者の申告がどのような内容であるかについての詳細な主張をしておらず、これを裏付ける証拠も何ら提出していない。さらに、原告の業態は、売上に比較して外注費やアルバイト代などの経費が極めて多いのであるが、被告の抽出基準はこの点を全く考慮に入れていない。したがって、被告の抽出基準では、被告主張の同業者と原告との類似性が確保されているかどうか極めて疑問であり、合理性を欠くというべきである。

(2) 同業者率の内容の不合理性

被告は、実額で差し引くべき特別経費に従業員の給与や外注費を含めていないが、これらは他の経費と異なり、同業者に共通して発生するものではなく、業者毎に異なるものであり、その差によって所得率が大きく異なることになる。したがって、これらの経費が売上原価あるいは一般経費に当たるというのであれば、推計は合理性を欠くことになる。

(3) 推計が恣意的であること

被告は、原告に対する推計課税に当たり、本件更正処分時及び異議決定時の推計方法、本件訴訟時の推計方法、並びに原告に対する昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法の三通りの方法を用いているところ、被告の本件訴訟における推計は極めて恣意的であり、合理性を欠くというべきである。なぜなら、原告に対する昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法は、外注費を正確に反映することができる方法であるのに対し、本件更正処分時及び異議決定時の推計方法と本件訴訟時の推計方法は、外注費が正確に反映されない方法であるが、被告は、本件更正処分時及び異議決定時と本件訴訟時において、こうした推計方法の違いを知りながら、被告に不利にならないようにするため、敢えて原告の業態を正確に反映する推計方法を採用しなかったからである。

(4) より合理性のある推計とその結果

本件係争各年分についても、昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法に従って原告の事業所得を算出すべきであり、これによると、平成三年分が五〇五万三五五五円、平成四年分が四〇五万七二〇四円、平成五年分が四七二万四二一一円となる(昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時において算出された所得率の平均である三八・七五パーセントを、本件係争各年分の売上金額に乗じた結果)。

また、被告が本件訴訟時において採用した推計方法によるとしても、原告の事業所得を算出するに当たっては、本件係争各年分の売上金額に、比較的原告と業態が類似していると思われる「吹田A」「西宮B」の算出所得率の平均(平成三年が四一・七八パーセント、平成四年が四五・四二パーセント、平成五年が四七・四三パーセント)をそれぞれ乗じ、さらに、右各金額から特別経費である家賃(平成三年と平成四年が四二万円、平成五年が四四万一〇〇〇円)を控除することによって算出すべきであり、右方法によると、平成三年分が五〇二万八七一〇円、平成四年分が四三三万五〇四三円、平成五年分が五三四万一四三四円となる。

以上のように、より合理性のある推計を行えば、いずれの方法によっても本件各処分に比して原告の事業所得金額は低額になるのであるから、これを上回る本件各処分は取り消されるべきことになる。

第三当裁判所の判断

一  被告の本案前の主張について

原告が、別紙「課税の経緯」「確定申告」欄記載のとおり、平成三年分三四〇万円、平成四年分三二〇万円、平成五年分三四〇万円をそれぞれ本件係争各年分の総所得金額として確定申告をし、被告が、同表「更正処分等」欄記載のとおり、平成三年分六〇三万五九七三円、平成四年分五四九万四四一三円、平成五年分六六五万〇一〇六円を総所得金額として更正処分をなし、さらに、国税不服審判所長が原告の審査請求を棄却する旨の裁決をしたことは当事者間に争いがないところ、原告は本訴においても右確定申告における総所得金額を超えない部分については、その範囲においては所得のあることを自認するものであるから、本件各処分全部の取消しを求める原告の請求のうち、右部分を超えない部分については訴えの利益を欠くものというべく、右部分の本訴請求はいずれも不適法として却下すべきである(よって、以下は原告のその余の請求について判断することとする)。

二  調査手続の適法性について

1  証拠(甲二、乙六、証人山田敏男)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)東大阪税務署においては、国税調査官の山田敏男(以下「山田調査官」という。)が原告の本件係争各年分の所得税及び消費税の調査を行うことになった。

(二) 山田調査官は、平成六年八月二日午後一時過ぎ頃、原告の事業所に臨場し、原告に対し、本件係争各年分の所得税及び消費税の調査に赴いた旨を告げ、調査に応じるよう求めたところ、原告は、実母が最近亡くなったため仕事がたてこんでおり、今日は忙しいので都合がつき次第連絡する旨述べた。そこで、山田調査官は、事業の概況及び記帳状況について簡単な質問をしたが、原告が回答しなかったため、原告に対し、調査日時を翌日までに決めて連絡するよう要請し、その場を辞去した。

(三) 山田調査官は、同日三日、不在中に原告から、盆明けに再度連絡する旨の電話連絡があったことを聞き及び、原告の自宅と事業所に電話をかけたが、同日中に原告と連絡を取ることはできなかった。山田調査官は、翌同月四日、原告の事業所に電話をかけたところ、原告と連絡が取れ、同月一八日午後五時前頃に原告から都合の良い調査日時を連絡してもらうことになった。その際、山田調査官は、原告に対し、帳簿書類を整理して揃えておくよう要請した。

(四) 原告は、同月一八日午後五時前頃、山田調査官のもとに電話をかけ、九月八日午後三時に自宅に来てほしい旨伝えた。これに対し、山田調査官は、調査日時を八月下旬に繰り上げてほしい旨伝えたが、これに応じられない旨の返答を受けたため、とりあえず九月八日を調査日時とすることにして電話を切った。しかしその後、山田調査官は、上司から八月中に調査日時を設けるよう指示を受けたため、同月二二日午前一〇時頃、原告の事務所に電話をかけ、原告に対し、再度八月中に調査日時を設けるよう要請したが、やはり九月八日にしか調査に応じられない旨の返答を受けたことから、結局同日午後三時に原告の自宅に臨場することにした。その際、山田調査官は、原告に対し、記帳状況について質問したところ、原告は、伝票類は揃えてあるが、経費類で一部領収書などないものがある旨答えただけで、帳簿組織及び保管状況等については答えることなく電話を切った。

(五) 山田調査官は、同月二四日午後五時頃、原告の妻から九月八日の臨場時間を午前一〇時三〇分に変更した旨の電話連絡を受けたため、臨場時間をそのとおり変更することにした。

(六) 山田調査官は、同年九月八日午前一〇時三〇分頃、原告の自宅に臨場したが、原告はその場に帳簿書類等を用意しておらず、また、原告の他に東大阪東部民主商工会の事務局員一名も同席していた。そこで、山田調査官は、原告に対し、帳簿等を提示して調査に応ずるよう要請するとともに、調査に関係のない者の立会いの下での税務調査は守秘義務に反するおそれがあるとしてその退席を求めた。しかし、原告は右事務局員は記帳補助者であるとしただけで具体的な説明をせず、原告及び右事務局員において、調査理由を明らかにするよう申し立てた。そこで、山田調査官は、上司の命令で臨場したこと、及び、調査は公平な課税を実現することを目的として行っていることなどを説明し、調査に協力するよう説得した。しかし、原告は右説明に納得せず、さらに別の東大阪東部民主商工会の事務局員も同席するに至ったため、山田調査官は、原告に対し、再度、第三者の立会いがない状態で調査に応じるよう求めたが、原告はこれに応じようとしなかったため、原告が調査に協力しないのであれば反面調査を開始することになる旨告げて、その場を辞去した。

山田調査官は、翌九月九日午前一〇時二〇分頃、原告の事業所に臨場し、原告に対し、第三者の立会いがない状態で帳簿書類を提示して調査に協力するよう求めたが、やはり原告はこれに応じようとしなかったため、反面調査を開始することになる旨告げて、その場を辞去した。

(七) 原告は、同月一二日午前九時頃、山田調査官のもとに電話をかけ、原告の承諾なく反面調査を行わないこと、及び、事前に通知してから調査にくるべきことを申し立てて電話を切った。そのため、山田調査官は、原告に調査に協力する意思がないものと判断し、上司の指示を受けて、原告の取引銀行及び取引先に対して反面調査を開始することとした。

原告は、同月一四日午後五時頃、再度山田調査官のもとに電話をかけ、原告の承諾なく反面調査を行ったことについて抗議した。山田調査官は、原告が調査に関係のない第三者の立会いに固執し、一向に調査に協力する様子がなかったために、やむを得ず反面調査を行ったことや、反面調査を行うに当たって本人の承諾は必要でないことを説明したところ、原告は、抗議に行く旨述べて電話を切った。

(八) 山田調査官は、同月二二日午後四時前、原告の事業所に臨場し、原告に対し、今後の調査においては調査に関係のない第三者の立会いのないところで帳簿を提示してほしい旨説得したが、原告は、事前通知がないことや、調査理由について十分な説明を受けていないことについて抗議し、今後も調査の時には第三者に立ち会ってもらう旨述べたため、その場を辞去した。

原告は、同日午後四時三〇分頃、東大阪東部民主商工会の事務局員及び会員とともに東大阪税務署に赴き、事前通知がないことや原告の承諾なく反面調査を行ったことについて抗議した。

(九) 山田調査官は、同年一一月九日午後一時三〇分頃、原告の事業所に臨場したが、原告が不在であったため、応対した女性に対し、現時点の調査結果等を説明したいので、原告に会いたい旨の伝言を依頼した。

原告は、翌一一月一〇日午前九時三〇分過ぎ頃、山田調査官のもとに電話をかけ、一一月二九日午前一〇時に原告の自宅に来るよう申し立てた。その際、山田調査官は、調査に関係のない第三者の立会いのない状況で帳簿書類を提示するよう要請したが、原告はこれを聞き入れず、電話を切った。

(一〇) 山田調査官は、同月一七日午前一〇時五〇分頃、原告の事務所に臨場し、原告に対し、それまでの調査によって算出された所得金額を概算で告げた上、その金額で修正申告するよう要請した。これに対し、原告は、大声で「聞いていない。まだ言いたいこともあるんや。」「営業妨害や。」などと述べながら山田調査官を戸外に押し出したため、山田調査官はその場を辞去した。

(一一) 原告は、同月二四日午後五時前頃、東大阪東部民主商工会及び布施民主商工会の会員とともに東大阪税務署に赴き、調査において第三者の立会いを認めなかったことについて抗議し、同趣旨の書面(甲二)も提出した。

(一二) 山田調査官は、同月二九日午前一〇時頃、原告の自宅に臨場したところ、原告は男性二名をその場に同席させていた。そこで、山田調査官は、原告に対し、これらの者を退席させて帳簿等を提示するよう要請したが、反面調査を行うに当たり原告の承諾を得なかったことや、原告の納得のいく調査理由を説明していないことについて抗議し、右要請に応じようとしなかった。そこで、山田調査官は、原告に対し、それまでの調査によって算出された所得金額を記載したメモを提示し、翌日までに修正申告しなければ更正処分をすることになる旨告げて、その場を辞去した。

(一三) その後、原告から何ら連絡がなかったため、被告は、平成六年一二月七日付けで本件各処分を行った。

(一四) なお、原告は、昭和五七年頃開業して以来、日々の業務に基づき自主計算張を作成していたが、実際に記帳していたのは原告の妻であり、東大阪東部民主商工会に所属するようになってからは、事務局員に記帳指導を受けることもあったものの、記帳状況について格段以前と変わるところはなかった。

2  右1の認定事実に関し、原告本人尋問の結果及び同人作成の陳述書(甲三 三)(以下これらを合わせて「原告の供述等」という。)中には、<1>山田調査官は、平成六年八月二日に原告の事業所に臨場した際、原告に対し、「どうして今話ができないのですか。それとも、何か見せたら都合の悪いことでもあるのですか。協力がないと長くかかりますよ。」等と非常識な態度で帳簿の開示を求めた、<2>山田調査官は、同年九月一三日にも原告の自宅に臨場し、原告に対し、今から反面調査に入る旨述べて帰っていった、<3>同年一一月一七日に原告が大声で「聞いていない。まだ言いたいこともあるんや。」「営業妨害や。」などと述べながら山田調査官を戸外に押し出した事実はない、<4>山田調査官は、同年八月二日以後、原告に対して帳簿の開示を求めたことは一度もなかった旨の供述ないし供述記載部分がある。

しかしながら、原告の供述等が述べる山田調査官の<1><2>の言動は前記認定の一連の経緯に照らして不自然であるのみならず、原告の供述等によっても、<1>について、実母が最近亡くなったため仕事がたてこんでおり、今日は忙しいので都合がつき次第連絡するとの原告の説明に応じ、山田調査官はいったんは了解したというのであるから、山田調査官がさらに続けてかかる言動に及ぶとは考えられず、また、<3>について、原告は、山田調査官の態度に立腹し、直ちに東大阪税務署の山田調査官の上司に抗議の電話をかけたというのであるから、かかる原告の怒りの心情に照らして、同日、原告が山田調査官を戸外に押し出す所為に及んだということも十分あり得るところであり、さらに、<4>についても、山田調査官は原告の所得税及び消費税の調査を行う目的で臨場したり、電話をしている以上、重要な資料である帳簿の開示を一度しか求めなかったとは考えにくく、これらの点に関する原告の供述等の内容はにわかに信用することはできない。

3  そこで、前記1の認定事実を前提に、以下、調査手続の適法性について判断する。

所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、課税庁が課税標準及び税額等を認定するに当たり、その資料を収集するための手続であるにとどまり、それ自体が客観的な課税要件ではないから、右調査手続が違法であるからといって、そのことのみで課税処分が違法になるとはいえないが、右調査手続の違法性の程度が刑罰法令に触れたり、公序良俗に反する程度に至った場合には、これによって収集された資料を課税処分の資料として用いることが許されない結果、当該処分を維持することができず、処分が違法として取り消されることがあるにとどまると解するのが相当である。そして、所得税の税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、これを権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねたものと解される(最高裁昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁)。そして、税務職員が帳簿書類の検査をするに当たり、その帳簿書類の作成に直接関与したことのない第三者の立会いを認めるか否か及びいかなる時期、範囲、程度等で反面調査を行うかについても当該税務職員の合理的な裁量の範囲内にあるか否かの問題に帰着するというべきである。

これを本件について見ると、前記1の認定事実によれば、被告の部下職員である山田調査官は、平成六年八月二日以降前後七回にわたって繰り返し原告の事業所及び自宅に臨場し、あるいは電話により、調査に協力して帳簿書類等を提示するよう説得に努めたのに対し、原告は、調査に関係のない第三者の立会いに固執し、立会いが認められなければ調査には応じないばかりか、帳簿書類等も提示しないとの態度に終始したため、やむを得ず反面調査を開始したというのであり、山田調査官の行った税務調査において、社会通念上相当な限度における合理的な選択ないし合理的な裁量を逸脱したと見るべき事情は何ら存在しないから、本件各処分に至る調査手続に違法な点はなく、適法というべきである。

三  推計の必要性について

前記二1の認定事実及び同3において説示したところによれば、本件においては、原告の本件係争各年分の事業所得金額を実額で把握することができなかった事情が存するというべきであり、推計を行う必要性があったものと認められる。

四  推計の合理性について

1  証拠(乙一ないし三、四の一ないし41、五の1ないし41)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告及び大阪府下、神戸、灘、須磨、兵庫、長田、西宮、芦屋、伊丹、尼崎、明石の各税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争各年分を通じて、次の<1>ないし<7>のいずれの条件をも満たすすべての者を抽出するよう通達指示した。

<1> 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

<2> 製図業(主として地図のトレース)を営む者であること

<3> 前記<2>以外の業種目を兼業していないこと

<4> 事業所が大阪府下、神戸、灘、須磨、兵庫、長田、西宮、芦屋、伊丹、尼崎及び明石のいずれかの税務署の管内にあること(大阪国税局長は、原告の事業内容と同様の同業者を抽出するに当たり、被告が行った更正処分及び同異議決定の調査時点における同業者が少なかったことから、原告の事業所所在地である東大阪市を含む大阪府下及び主要売上先のある阪神地域をそれぞれ管轄する税務署に通達発遺を行い、通達要件を満たす同業者の抽出を求めた。)

<5> 年間を通じて事業を継続して営んでいること

<6> 売上金額が五〇〇万円以上、二六〇〇万円未満であること(売上金額については、いわゆる倍半基準を採用しているところ、原告の事業内容と同様の同業者が少なかったことから、本件係争各年分を通じた倍半基準を採用し、その範囲内でできる限り多数の同業者を抽出することとした。そして、被告が把握し得た原告の売上金額が、別表1「<1>売上金額」欄記載のとおり、平成三年分が一三〇四万一四三一円、平成四年分が一〇四七万〇二〇三円、平成五年分が一二一九万一五一二円であることから、上限を平成三年分の売上金額の約二倍とし、下限を平成四年分の売上金額の約二分の一としたものである。)

<7> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと

(二) 右通達によって抽出された同業者の総数は八件であり、本件係争各年分における各売上金額、算出所得金額及び算出所得率は、別表2―1ないし2―3記載のとおりである。なお、右算出所得率は、売上原価及び一般経費を収入金額から差し引いた算出所得金額から求めたものである。

(三) 被告は、被告が把握し得た原告の売上金額(別表1「<1>売上金額」欄)に、右(二)の同業者の平均算出所得率を乗じて得た金額(算出所得金額)を原告の事業所得金額として算出した(本件においては、被告は、建物の減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬及び減価償却資産の除却損を特別経費としているところ、原告についてはこれらの経費が認められなかったため、算出所得金額と事業所得金額が一致する結果となっている。)。

2  右1によれば、右の通達基準によって抽出された同業者は、原告と業種、業態、事業所の所在地及び事業規模等の点において、類似性を有し、しかも、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、金額の正確性も担保されているものということができる上、各同業者の個別性を平均化するに足りる件数であり、その抽出過程に恣意の介入する余地はないことから、これによる推計は合理的なものと認められる。

3(一)  この点に関し、原告は、右通達基準は、<1>単一の税務所管内だけでなく、大阪府下及び兵庫県の業者をも含めていること、<2>同業者の売上金額が五〇〇万円以上、二六〇〇万円未満と極めて広く設定していること、<3>同業者を単に「西A」「大淀A」などと表示しているだけで、これら同業者の申告内容を明らかにしていないこと、<4>原告の業態は、売上に比較して外注費やアルバイト代などの経費が極めて多いのであるが、被告の抽出基準ではこの点を全く考慮に入れていないことをもって、被告主張の同業者と原告との類似性が確保されているかどうか極めて疑問である旨主張する。

しかしながら、<1>及び<2>については、前記1及び2において認定説示したとおり、右通達基準は、原告の事業内容と同様の同業者が少なかったことから、できる限り多数の同業者を抽出するために設けた基準であるが、業者が選択された範囲は大阪府と兵庫県という隣接地域であり、同業者との売上金額の倍率も平成三年分については約〇・四六六から約一・三六五(小数点第四位を四捨五入。以下同じ。)、同四年分については約〇・七〇六から約一・九六〇、同五年分については約〇・六六五から約一・四〇三の範囲内にあり、おおむねいわゆる倍半基準に合致するものであるところ、右基準によって抽出された同業者の件数は八件であり、これらの平均値を採ることによって各同業者の個別性が平均化されたということができるから、これをもって原告との類似性を欠くということはできない。また、<3>については、同業者の申告内容については、税務職員の守秘義務(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条)にかかわる事項であるところ、本件においては、各同業者はいずれも製図業(主として地図のトレース)を年間を通じて継続して営んでおり、売上金額が五〇〇万円以上、二六〇〇万円未満であることが明らかにされている上、前記2において説示したとおり、資料の正確性及び同業者の抽出過程に恣意が介入する余地がないのであるから、さらに同業者の申告内容まで具体的に明らかにしなければ原告との類似性が確保されないということはできない。さらに、<4>については、平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の際は無視しうるのであるから、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的な営業条件の相違は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないというべきところ、本件においては、外注費やアルバイト代等の経費が多いという点が、被告の主張する同業者の平均所得率による推計方法を不合理ならしめる程顕著なものであることについては、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点についての原告の主張は採用することができない。

(二)  また、原告は、被告が実額で差し引くべき特別経費に従業員の給与や外注費を含めていないことについて、これらの経費は同業者に共通して発生するものではなく、業者毎に異なるものであり、その差によって所得率が大きく異なることになるとして、これらの経費が売上原価あるいは一般経費に当たるというのであれば、推計は合理性を欠くことになる旨主張する。

しかしながら、前記(一)において説示したとおり、平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視しうるのであるから、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的な営業条件の相違は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないというべきであるから、本件において、被告が特別経費に従業員の給与や外注費を含めていないからといって、推計が合理性を欠くものと即断することはできない。

したがって、この点についての原告の主張も採用することができない。

(三)  さらに、原告は、被告は、原告に対する推計課税に当たり、本件更正処分時及び異議決定時の推計方法、本件訴訟時の推計方法、並びに原告に対する昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法の三通りもの方法を用いており、被告の本件訴訟における推計は極めて恣意的であり、合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、課税処分の実体的違法が争われているとき審判の対象となるのは租税債務の存否いかんであり、所得認定のための資料は処分当時判明していたものであると否とを問わず、時機に遅れたものでない限り、たとえ訴訟係属後であってもこれを証拠として提出し、これに基づく主張をすることができるというべきところ、更正処分時及び異議決定時の推計方法と異なる推計方法を訴訟係属後に主張することも許されるというべきであるから、三通りの推計方法を用いたことをもって、被告の推計が恣意的であるということは到底できず、その他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、この点についての原告の主張も採用することができない。

(四)  そして、原告は、原告に対する昭和六〇年分ないし昭和六二年分の所得税の異議決定時の推計方法又は被告の抽出基準によって抽出された同業者のうち、比較的原告と業態が類似していると思われる「吹田A」「西宮B」の算出所得率を用いた推計方法によって、より合理性のある推計を行えば、いずれの方法によっても本件各処分に比して原告の事業所得金額は低額になるのであるから、これを上回る本件各処分は取り消されるべきことになる旨主張するけれども、原告は、右主張に沿う証拠として外注先の領収証(甲二八、二九)を提出するのみであり、原告主張の推計方法がより合理的であることについては、本件の全証拠によっても認めるに足りないから、この点についての原告の主張も採用することができない。

五  まとめ

以上のとおり、本件においては推計の必要性及び合理性が認められる以上、納税者である原告が所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実績と異なるとして推計課税の違法性を立証しない限り、原告の本件係争各年分における事業所得金額はいずれも本件各処分時における事業所得金額を下回るものでないところ、原告は実額による事業所得金額の主張立証をしないことを明らかにしているから、本件各処分はいずれも適法である。

第四結論

よって、原告の平成三年分ないし平成五年分の所得税について被告が平成六年一二月七日付でした各更正処分の取消しを求める原告の請求のうち、平成三年分の総所得金額三四〇万円、平成四年分の総所得金額三二〇万円及び平成五年分の総所得金額三四〇万円を超えない部分の取消しを求める部分をいずれも却下し、原告のその余の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 裁判官 栗原三緒)

別紙

課税の経緯

<省略>

別表1

原告の事業所得の金額

<省略>

別表2-1

同業者一覧表(平成3年分)

<省略>

別表2-2

同業者一覧表(平成4年分)

<省略>

別表2-3

同業者一覧表(平成5年分)

<省略>

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